【小柳智則の説明書】就職せずに映画プロデューサーになる方法

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就職せずに映画プロデューサーになる方法

小柳智則の説明書

小柳智則

映画・ドラマ業界で働き20年が経ちました。
業界では、ベテラン・プロフェッショナルです。

 

本職はフリーランスで映画、ドラマのプロデューサー/ラインプロデューサーをしています。
幅広く映像制作をしていますが、予算が1億以上の企画に参加していることがほとんどです。

現在はNetflixの作品、2022年公開の映画の企画、2023年劇場公開映画の企画などを進めております。

 

このページにご訪問くださりありがとうございます。

映画・ドラマのプロデューサー小柳智則と申します。

 

こちらのページでは詳しく自己紹介をさせて下さい。

(興味がない方は読み飛ばしてください)

先ずは、映画業界でのプロフィールです。

映画プロフィール(略歴)

1981年11月18日生まれ 静岡県静岡市出身 東放学園専門学校卒

2002年 金曜ナイトドラマ「TRICK2」で制作進行として現場に初参加。
テレビドラマの現場で制作の仕事を学ぶ。

2006年 全国劇場公開映画「少林少女」でメジャー映画の現場に初参加。
以降、ドラマ、映画だけでなくPV、企業VP、CMなどあらゆる映像作品に参加。

踊る大捜査線シリーズの本広克行、
海猿シリーズの羽住英一郎など エンターテイメント映画を大ヒットさせた
映画監督が多数所属する株式会社ROBOT制作 の
邦画メジャー作品「SPエスピー」「踊る大捜査線」「海猿」などを担当。
作品は軒並み大ヒット話題作となる。

 

2016年 プロデュース部へ移行し、
ROBOT作品以外にも幅を広げラインプロデューサー/プロデューサーとして活躍中。

最新作はプロデューサーとして参加した、 2020年12月4日に公開した「サイレント・トーキョー」

現在では映画だけでなく映像に関わる幅広い分野でプロデュースをしたり制作をしたりしています。

地域活性につなぐための観光動画やロケ地の誘致も行っています。

 

今まで制作してきた作品の紹介

 

movie

2008 少林少女(監督 本広克行 主演 柴咲コウ)

2010 MOVIE3 ヤツらを解放せよ!(監督:本広克行主演:織田裕二)

2011 ワイルド7(監督:羽住英一郎 主2010 踊る大捜査線 THE演:瑛太)

2012 THE LAST MESSAGE 海猿 (監督:羽住英一郎 主演:伊藤英明)

2012 踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望 (監督:本広克行 主演:織田裕二)

2011 パラダイス・キス(監督:新城武彦 主演:北川景子)

2016 四月は君の嘘(監督:新城武彦 主演山崎賢人 広瀬すず)

2018 ちはやふる 結び(監督:小泉徳宏 主演:広瀬すず)

2018 オズランド-笑顔の魔法教えます(監督:波多野貴文 主演:波瑠)

2019 WE ARE LITTLE ZOMBIES(監督:長久允)

2019 任侠学園(監督:木村ひさし 主演:西島秀俊 西田敏行)

2020 サイレント・トーキョー(監督:波多野貴文 主演:佐藤浩市)

2022 劇場公開映画の準備中~

television

TRICK(出演:仲間由紀恵、阿部寛)

野ブタ。をプロデュース (出演:亀梨和也 山下智久 堀北真希 戸田恵梨香)

SP 警視庁警備部警護課第四係(出演:岡田准一 堤真一)

GOLD(出演:天海祐希 反町隆史 長澤まさみ 松坂桃李 武井咲 綾野剛)

SUMMER NUDE(出演:山下智久 香里奈 長澤まさみ)

トッカン -特別国税徴収官-(出演:井上真央)

終電バイバイ(出演:濱田岳)

安堂ロイド〜A.I. knows LOVE?〜(出演:木村拓哉 柴咲コウ)

アイ'ム ホーム (出演:木村拓哉 上戸彩)

マグマイザー

BG〜身辺警護人〜(出演:木村拓哉 菜々緒 斎藤工 江口洋介 石田ゆり子)

がんばれTEAMNACS(出演:NACS)WOWOW開局30周年企画

Netflix 極主夫道特別編 極工夫道

Netflix 2022年公開作品

映画業界を目指したきっかけ

物心がついてきたときから、家族や仲間、周りにいる人を笑顔にさせることが大好きでした。

 

「誰かを笑顔にしたい」

 

これが学生の頃からの目標であり、今でも夢を叶えるために必死に挑戦を続けております。
映画の世界に進もうと決心したのは、高校生の時に映画と出会ったことがきっかけでした。

それまで映画を観たこともなかったのに…

映画のプロデューサーになるまでの軌跡をお話しさせてください。 

 

高校時代 衝撃を覚えた出来事

 

女の子紹介してやるから映画見に行こうと誘われて男女6人で行った映画館での出来事でした。

 

「異常なまでに興奮していた」

こんな感情は今まで出会ったことがない。
自転車を漕ぐ足は爽快で、初夏の暑さも気にならないくらい心が動転していた。

 

家に帰って「おかえり」と言われた母とのテンションの温度差は今でも覚えている。

 

高校2年生の夏「女の子紹介するから一緒に映画観に行こうよ」と友人に誘われて、向かった映画は『アルマゲドン』。

映画が終わりエンドロールがエアロスミスのミスアシングと共に流れてきて、そこに映し出されたスタッフの名前がとてつもなくカッコよかった。

映画のスタッフになってエンドロールに名前をのせたい それからずっと考えていた。

 

「映画って知らない誰かを幸せにできる仕事だよな」 「やってみたい」

 

これが僕の人生を彩る映画との出会いでした。

当時は尾崎豊が流行っていて、友人たちと市街地で路上ライブをするのが何よりの楽しみで、学校や部活の楽しみ方を知りませんでした。

歌のうまい友人が誇らしく「歌で人を感動させられるって本当にうらやましい。何か自分にできることはないか?」とずっとモヤっとしていました。

 

「映画にメッセージを込めて世の中に感動を伝えられたらな」 そう想う気持ちはどんどん増していきました。

この日まで映画なんて見たこともなかったのに。

 

この業界は甘くない世界

 

高校を卒業して映像の専門学校に進学したのですが、
この時の講師が何故かAV監督(有名な専門学校ですが)

 

「この人に何を学べばいいんだろう?」と学校に行く理由がわからなくなりながら、
映像制作を学びました。

疑念を抱いていたからか学び方が悪かったからか、
びっくりするくらい専門学校で勉強したことがプロでは通用しないことを、
卒業してから知ることになるのです。

 

2年間専門学校に通っても、結局映画業界に入るきっかけが掴めず、無職のまま社会に出ることになりました。
「このまま地元に帰った方が楽なんじゃ。。」
20歳の自分は、沢山の誘惑に負けそうになりながらも必死で、 夢を追いかけていました。

学校で出会った脚本家の講師の方に仕事を紹介してもらい、
最初は助監督をやりました。

助監督は読んで名のごとく監督の助手をする仕事です。

最初はVシネマの制作でした。(V=VIDEO ビデオ販売専門の作品)

いろんな意味で映画にできないヤクザや麻雀
レースクイーンなどを題材にしたものです。
Vシネマの現場で問題だったのはお金のことです。

3ヶ月働いたのですが、ギャラは1円ももらえませんでした。

3ヶ月目にようやくプロデューサーから

「小柳君いままで悪かったね。だますつもりはなかったんだよ。ギャラちゃんと払うからね。お詫びに今日は好きなもの食べてよ、ごちそうするよ」

と言われ連れて行かれたのがやよい軒という定食屋。

おかずが食券で先払いで「後で払うから払っておいてよ」「は、はい」と自分で支払った後、
プロデューサーから「ここさぁ、ごはんおかわり自由だから好きなだけ食べてよ」「えっ・・・はい」プロデューサーの方は、
日本昔ばなし盛りで5杯食べていました。

その後、3ヶ月でギャラは3万円と言われ、助監督を辞めました。

今思えばクソの役にもたたない自分がお金をもらえないことはあたり前だったのかもしれません。

もちろん、この時支払った2人分の食事代は返ってくることはありませんでした。

 

が、、しかし、、、

 

当時はそう思えなかった。

一度しかない20歳の3ヶ月、周りは楽しそうに遊んでいる中、休むことなく毎日必死に食らい付こうと努力をした結果がこれなんだ。。

こうやって騙されて、
馬鹿にされて、
悔しくて、悔しくて。。。

何もできなかった自分にも腹が立つし、 自分の価値の低さにも絶望してしまいました。

 

お金もなく業界の洗礼をうけ精神的にも逃げたい状況になりやれることもなく、
地元に帰るという選択も頭をよぎりました。

「もう、無理かも」

そんな時専門学校の友人に誘われ「GO」という日本映画を見ました。

 

「国境線なんかオレが消してやる」

 

「円の外には手強い奴がいっぱいいる。打ち破れそんなもん」

 

応援してくれる親や背中を押してくれた友人の顔がフラッシュバックしました。

「これくらいじゃ負けられない」

 

映画に救われたのは2回目です。
心に刺さる映画ってすごいなー。
血液みたい(笑)

 

専門学校で出会った業界のプロ達に片っ端から連絡をして仕事を探しました。

その時に私がもらった仕事が、制作進行の仕事でした。
もうダメかもと思った時に声をかけて頂いた仕事。

「これが最後のチャンス。ダメだったら田舎に帰ろう」

 

そう思って閉じかけていた扉を再びこじ開け、
映像の世界に飛び込みました。

 

理不尽な上司がいて「撮影予定のアパートが開かないのはお前のせいだ」と何度も殴られた後すぐにアパートが開いたり、
やったこともない仕事を誰からも教えてもらえないのに責任がある重大な仕事だったり、

 

初めて人止め(撮影中歩行者にお待ちいただくこと)したのが小田切ジョーさんだったり、
本当にこの世界はめちゃくちゃです。

だけど、こんなに面白い仕事は他にはない。

私に仕事をくれた方は色黒でモヒカン、
夏になるとサンダルでアイスを食べながら、
「こやちゃーん、やってるー?」といかした挨拶をしてくるいかにも業界のバブリーな感じの人です。

学生時代にアルバイトでいった仲間由紀恵さん主演のTRICKの現場でお会いしました。
(以下Mさんと呼びます) Mさんはこう言いました。

「こやちゃん、仕事決めといたからさぁ、制作進行3年くらいやってて大体仕事はできますって言っておいたよ。その方がギャラがいいからさぁ。やっちゃってよ。楽勝だよ」

 

そうです。その時の私は完全に素人(笑)

 

はじめての制作進行は上司もいなければ、教えてくれる人もいない。

 

失敗すればテレビで見ていたあのドラマの放送が突如とまってしまう可能性もあるんじゃないの?と

思ってからは不安が押し寄せてきました。

 

ライオンが子供を崖から突き落とすのってこういうことなのか?
最初から難関です。

 

弁当発注と地図書きという任務がありました。
弁当を何個どこに頼むのかもわかりません。

東京に来て2年、家と学校の往復しかしたことがないのに俳優さんやスタッフが使用する地図を書く。

責任重大の任務を与えられて頭がおかしくなりそうでした。

 

誰も教えてくれません。

 

助けてくれません。

 

やり方すらわかりません。

 

当時はインターネットも、なかったので調べることもできません。
運が良かったのは短期の作品だったため、2日の撮影で終わるものでした。

 

多分全くできていなかったと思うのですが、
何とかなったんだと思います(笑)

 

この時のことは辛すぎて断片的にしか覚えていません。
辛い思いを消去してくれる記憶って素晴らしい(笑)

 

本当にこの世界はめちゃくちゃです。 だけど、こんなに面白い仕事は他にはないw

 

その後、いろんな経験をしました。

ギャラがいいと言われてやる仕事をやっても毎回同じギャラだったり、

道が14㎞渋滞する事故をしたり、

地方で出会った人の家に呼ばれておもてなしを受けた次の日腹痛になって死にそうになったり、

3日間寝れなくて道路で寝ているところを助けてもらったり、

間違えて発注した弁当がスタッフ50人しかいないのに同じ日に200個届いたり(笑)

 

普通に生きていたら経験できないことを沢山学びました。

ここで制作部という部署のこともお話ししておきます。

 

 

映画・ドラマの制作部という部署

映画やドラマ(以下映像と呼ぶ)を作るのにとても大切なのが、制作部という部署です。

その中でも、1番下っ端の制作進行の1日をお伝えしておきたいと思います。

制作進行の仕事内容は、

その名の通り撮影現場の進行が何不自由なく進むように環境を整えたり、

準備をしたりするのが仕事です。

読みやすいように物語風にしてみましたので、

是非お読みください。

制作進行の1日は25時間

静かな部屋の中で、つけっぱなしのテレビがカラーバーを表示している。

携帯のアラームが大音量で鳴り響く、

びっくりした様子で飛び起きた瞬間から、制作進行の1日が始まる。

お湯を沸かすこととコーヒーを作ることが日課。

AM3:00

ボタンをポチッと押してウツラウツラしながら、

コーヒーメーカーやヤカンの奏でるmusicと共に朝が始まります。

家を出て作ったお茶類を運ぶのに駐車場まで3往復。

スタッフ50人分のお茶は大量です。

車に荷物を積み撮影現場に向かいます。

AM5:00

撮影現場に到着すると俳優さんのスタンバイをする場所を作ります。

す抜けの場所なら周りから見えないような工夫をしたり、

ティッシュや机イスなどの備品を運んできたり、

お菓子やお茶、朝ご飯を用意したり。。

起きてすぐの猛ダッシュみたいなもんです。

AM6:00

メイクさんや衣装さんなどスタンバイチームが撮影現場に到着し、

部屋に誘導したり撮影現場の案内をします。

それと同時進行で撮影現場の準備です。

スタッフが撮影しやすい状況を作ります。

機材を積んでいる車を誘導したり、

明るい時に夜のシーンを撮影する場合は遮蔽(日を遮る)したり、

スタッフが飲むお茶を用意、

撮影現場で使う毛布やウエス一通りの備品を運んで準備します。

朝起きてから3時間しか経っていないとは思えません。

大体この辺りから今日の撮影早く終わらないかなぁ、、と思ったり(笑)

AM7:00
撮影隊が到着し撮影が始まります。

俳優さんが現場に来たら、

一般の方を速やかに誘導、

工事現場の音を止めに行ったり(高性能マイクなので台詞が。。)

通行してる人が映らないように人止め、車止めをします。

現場で必要な備品があるとトランシーバーで備品が欲しいと呼ばれます。

誰にも見られない場所に隠れてもトランシーバーのおかげで1秒たりとも気を抜けません。

このトランシーバーを聞きのがしたり返事をしないとめちゃくちゃ怒られます(笑)

撮影が残り数カットになると移動の準備をして、

自分で運転をして次の撮影現場に向かいます。

車での移動中にスタッフの昼食、

夕食を発注しているお弁当屋さんと連絡をとりつつ、

明日以降の発注をしたり、

これから撮影する場所の確認をしたり、

ちょっとした撮影の休憩時間があれば地図を書いたり。
これを夜までくり返していきます。

PM10:00〜11:00位

撮影が終わり(終わらない時もあります)撮影現場を片付け、

1日のゴミを撮影スタジオ(家との距離が往復1時間位)に捨てに向かい、

明日みんなに渡すスケジュールや地図など資料をコピーして、

家に戻りがてら車にガソリンを入れて終了です。

AM1:00位に

帰宅です。

次の日のお茶の準備をしながら力尽きて寝たり、

自宅の駐車場まではなんとかたどり着くのですが、

そこで朝を迎えたりします。

日によっては1日24時間で足りない時もあるんです、マジで(笑)

2時間ドラマだと3週間程度、連続ドラマだと3ヶ月半、映画だと平均2ヶ月くらい、
制作進行はこれを繰り返しています。

ブラック企業だ!労働時間どうなってるの?と世間では言われてるのかもしれませんが、

映像業界はフリーランスの世界。

クオリティ高い作品を求めるには、裏での努力は必須なのかもしれません。

制作進行の1日をお伝えしたところで、制作部の話をもう少しだけさせて下さい。

制作部は現場の母になれ

はじめての現場で、このように教わりました。

「スタッフが撮影だけに目を向け集中できる環境を作れるように現場の母になりなさい」

どういうことか?

その内容の一部を公開します。

撮影現場に出すお茶は、スタッフが飲み物を買いに行く時間すらないので、制作部が用意する。

この時、冷たいお茶、お湯、コーヒーは必ずセットでどんな状況でも用意する。

例え電気がない場所でも、山奥でも

スタッフがタバコを吸いたいけど途中で切れてしまった時ように、

(当時はすぐにタバコを買いに行けるようなコンビになどがなかった)

誰が何を吸っているかを把握して先に購入しておいてすぐにだせるようにする。

この時揃えるタバコは自腹。

ノドが乾いているスタッフを察して飲み物を取りに行く時間を、

短縮するためにお茶を汲み持って行ってあげる。

その際つまめるせんべいや飴などをポケットに一緒に入れてあげる。

とくに各部の助手さんに。

飲み会がある場合先に店に到着して全員分の飲み物とつまみを事前に注文しておき席に着いた瞬間に、

みんなができたての飲み物が目の前にある状態を作る。

お弁当を発注する際、毎日違うオカズになり、尚且つ肉と魚2種類を用意する。

事前に下調べしたりシュミレーションをしてお弁当があったかい状態で食べれるように工夫する。

この他にも沢山あるのですが、『人に対する気遣いをしよう』が母になるテーマでした。

私自身のことを振り返ってみます。

「できる制作進行で、本当にありがたい」

「いつも助かるよ、ほとんど寝てないのにごめんね。撮影早く終わらすよ」

「ちょうど喉乾いてたんだありがとう」

「今日のお弁当美味しかった。元気でる。撮影頑張るよ」

「段取り完璧で待ち時間少ないから嬉しい」 などなどお褒めの言葉を沢山貰いました。

そうなんです。これに関しては超得意分野いや超努力したのです。

何故なら、早く家に帰りたかったから(笑)。

気づかいでスタッフの士気を猛列にあげて撮影を早く終わらせる。

不平不満が溜まると現場の作業や撤収にかかる時間が増えてしまう。

その様なことが起こらない様に、
スタッフを幸せにするにはどうすればいいか、
毎日寝ないで必死に考えて行動に移した。

まさに現場の母になれたと感じました(笑)

何を学ぶか?

その先に本当の目的があれば、それを習得するまでの道のりは決して険しくないことは確かだと思います。

まだまだ面白い話は尽きないのですが、

制作部の仕事の話はここで一区切りとさせて下さい。

次は理不尽な世界について。

理不尽な世界

理不尽な世界はどこにでもある。

嫌がらせだと感じるようなこともあれば、世界がそうだと感じることも。

映像業界に入って5年が経った頃仕事にも慣れ、自分のことを考える余裕が生まれ、

テレビドラマから映画へと興味がうつりはじめていた。

「エンドロールに自分の名前を流したらどれだけの感動があるんだろうか?」

映画を作ってみたい。

その想いは強く、師匠の元を去りフリーランスとして生きていく決意をしたのが24歳の時だった。

1年も経たない内に10億円規模の制作費(当時の日本映画制作の予算としては最高峰)の映画に参加できることになり、

夢が叶う瞬間はあっけなくおとずれた。

映画を制作し公開された作品のエンドロールで自分の名前を見て感じたことは「あの時もっとこうしておけば。。」や「もっと出来たのに手を抜いて

しまった」という後悔ばかりだった。

自分が誇れる作品。。

この言葉が胸に突き刺さる。

映画の制作は死ぬほどつらい。

ギャラも思ったほど、いいわけではない。

寝れないし拘束時間も長く、自分のことをやれる時間などない。

着たい服も着れなければ、食事をする時間すらなく弁当ばかり食べている。

それなのに、、、

撮影が終わって、

打ち上げして、

完成した作品を見ると、

自分の力のなさに愕然としたり、

完成した物語に感動してもっといい作品を作りたい、NEXT ONEという気持ちになる。

こんな理不尽なことがあっていいのだろうか?

ずっと疑問に思っている。

この世界に出会わなければ地元で仲の良い友人達と、たまに飲みに行って、

休みになったらBBQなどをしながら、ゆるい日常を幸せに感じていたのかもしれない。

家族や親や友人と一緒にいられる時間も今よりも沢山あることは間違いないはずだ。

自分の手の届く範囲で安全に生きていく円を打ち破り、外にいる手強い奴と一生懸命戦う世界。

理不尽な世界は最高にとんでもない。

普通に生きていては経験のできないことが山ほど起こる。

この世界の強者になるために歩んだ理不尽な出来事ランキングでも開催してみようと思う。

第3位 10m歩くとスタッフから10個の頼み事をされる

 制作進行の時のことだ。

「お茶が無くなったよ」という声を聞き、
ポットが置いてあるところにたどり着くまでの10m。

最初に声をかけてきたのは衣装さん。
衣裳「スタンバイ場所にティッシュ置いといてよ」
僕「はい」
続いて
助監督「明日の現場地図のコピーある?」
僕「あります」
立て続けに「弁当屋きてるよ」
「現場の人どめやれる?」
「ウエス持ってきて」
「次の移動の車に荷物積みたいんだけど」
「‥」

10m歩くだけで頼み事が大渋滞します(笑)

この中には自分でできません?と聞きたくなるようなことだって多々あります。
時にはAさんとBさんという上司がいて2人とも頼み事が逆だったり、、、 
この世界はなんて理不尽な世界だ(笑)

第2位 仕事の契約形態

この業界はフリーランスがとても多い。

むしろフリーランスでできている世界。

個人が集まってグループを作り、
それぞれの得意分野で寄り添って映画やドラマの制作をしている。

なので、仕事が来る時は電話一本で受けたり「この作品やらない?」と軽く誘われて何となく合流日が決まったりする。 

仕事の依頼も一年後の作品を言われたり本当にあるのかわからないものを待っていて、
直前になって「ごめんバラし忘れてた」と簡単に言われる。

コロナで参加していた作品が延期しても、
補償などされない。

客観的に見て超危険な契約であることは間違いない。

私が業界に入ってからずっとそうだ。

今でもその形は変わっていない。

仕事の直前のバラしには、
ほかの業種よりも慣れているおかげでコロナに対し慌てずに済んでいることは間違いない。

まさかこんな懸念事項まで役に立つ日が来るとは、、、 この世界は何て理不尽だ(笑)

第1位 映画を見たこともなかったのにプロデューサーになれたこと

映画が好き。

もちろんそれはある。

しかし、1年で100本映画見てますというわけでもないし、
人生全て映画に注ぐような人間ではない。

そんな私が映画のプロデューサーをしている。

プロデューサーは皆も知っていると思うけれど、
撮影隊の中で1番か2番位に偉い人だ。

アルマゲドンを見てエンドロールに名前をのせたいと思っていたただの若者が、
20年経つとその道のスペシャリストになり、
作品を制作する中枢にいる。

 あの時からずっと追いかけてる夢がある。

大好きな人や家族、友人ではなく自分の知らない誰かを幸せにしたいなんて理不尽な夢だなぁと思う。

 この世界は何て理不尽だ(笑) 


ランキングはこれでいいのだろうか?

朝発注してない弁当が200個届いた話とか。

嘘をついてやってきた悪魔の話やうんこを漏らした話など正に非常識な話はいっぱいある。

今回はとてつもなく話が長くなるのを避ける為、これくらいにしておこうと思う(ふぅーーー汗)

いつからだろうか。。この世界を辞めたいと思わなくなったのは?

こんなに辛くて大変なのに。。

誰にも負けたくないのに、自分が参加していない日本映画が世界から褒められると嬉しくなる。

この世界は1度面白いと思ってしまったら辞められなくなる。

そんな世界で、今日も知らない誰かを幸せにする為に死ぬほど努力をしている。

世の中には、生きていく中で理不尽を感じることはたくさんあると思う。

もしかしたら、その理不尽は神様が与えた試練なのかもしれないし、自分には理解できない他人の優しさなのかもしれない。
理不尽に心が病んでしまった時は、この世界のことを思い出してほしい。

どんなに理不尽でも、その先には必ず自分では想像できないくらいの感動が待っていることを。

今日もどこかに理不尽な世界が広がっている。

まとめ

諦めなければ夢はかなうのが当たり前

いかがでしたでしょうか?

小柳智則の地図w

この文章を書きながらたくさんの作品を作って、
本当にやりたかったことは何か?を、

自分に問いかけてみました。

周りにいる仲間や家族はもちろん知り合った全ての人達と共に感動したい

これが本心であり映画でそれを表現することもずっと続けていきたいのですが、

それ以上にもっと深く感動を分かち合える場所を作りたいというのが自分自身の新しい挑戦です。

映画業界に入ってくる仲間達を指導したり、

誰でも主役になることができる映像コンテンツを作ったり、

映画のプロデューサーである私だからできるstoryをあなただけのために制作し、

プロデュースのお手伝いをしたり、

一つ目の挑戦に区切りをおき、

「誰か」に届ける作品づくりから、

「届けたい人」に届ける作品作りへ、

シフトチェンジしていきたいと思います。

このブログを通してたくさんのことを発信していきたいと思っております。

映像を作る時は台本がある。

いつも文章を見ているが書くことはほとんどない。

文章を書いて思うことはひとつだけ。

文章はとてつもなく面白くて自由だ。

普段やっている仕事(映画)は知らない誰かを幸せにする仕事である。

知っている人の為に作る作品はやってみて少し震えながらワクワクした。

この文章が誰かに届いて1ミリでもその人の人生に関われるように。
あなたの人生と交差する日を楽しみにしています。

映画を観たこともなかった僕が20年続けていればプロデューサーになれた。

きっと映画が好きで、
とてつもない数の映画を観ている人の方が、
いい映画を作れるんじゃないかと思います。

自分がすごいとは1ミリも思っていません。

誰よりもできないから毎日努力します。

他の人がやらない勉強をたくさんします。
知識は最強です。

自分のやりたい分野以外のことも沢山学ぶ必要があります。

無知の知。

視野を広げる。

諦めないでやる。

持続する。

プライドなんて捨てちまえ、

自分が思ってるより周りの人たちは自分に興味がないことも知りましょう。

人に興味を持たれる人間になろう。

夢を叶えるには人の力を借りることも重要です。

さあ、やっていきましょう。

いつか一緒に映画の制作現場でお会いできることを願ってます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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映画・ドラマのプロデューサー。予算2億円以上の映画、ドラマの企画を主に本業にしています。 できることは、 プロデューサー/ラインプロデューサー/制作部/ロケーションデザイン/地域活性/動画コンテンツプロデュース/PV/MV/企業VP/YouTube/映像コンテンツ制作/SNS運用/講師/脚本添削

2021年3月14日